★昔の算数の教科書を見つけて

★昔の算数の教科書を見つけて

(1)

たまたま、私が小学校の1年生のときの算数の教科書が出てきたのでぺらぺらめくってみた。

懐かしいというより、押入れの中から突然出てきたのでびっくりした。

後ろには1年2組「てらしま ひでき」と書いてある。おそらく母親が書いたのであろう。

なんと今の教科書と違って写真などなく、みんな絵である。

しばらく見ているうちに、こんなこともやった気がするなとかすかに思い出した。

めくっているうちに、下手くそな字で書いたえんぴつのあとが残っている。

計算間違いも目についた。

こんなものが生徒に見つかってしまっては恥ずかしいのでどこかに隠さなくては…。

(2)

確かどこかで書いた気がするが、小1と小2の担任の先生は、算数教育を専門にやっていた方であったような気がする。

1年のときか2年のときか忘れたが、こんなことがあった。

先生が正方形の青いボール紙を生徒に見せて、「この図形はなんですか?」と聞いた。

みんな「正方形です。」と元気よく答えた。

次に、先生がそのボール紙を45度ほど傾け、「この図形は正方形ですか、それともひし形ですか。」と聞いた。すると、何人かは正方形の方に手をあげ、何人かはひし形のほうに手をあげた。

当時わたしは一番前にすわっていたので、後ろを見て手をあげているのが多い方に合わせた記憶がある。

ほんとは、よくわからなかったからである。

このように、この年齢の段階では図形を斜めにしたりもどしたりすると、同じ図形でも違ったものとしてとらえてしまう生徒もいるのであろう。

つまり、発達段階で個人差が認められるのである。

先生は、この結果をガリ版でわら半紙に刷って、保護者にお手紙として知らせたのである。

それだけ熱心な先生であったのであろう。

生徒の答えが合っているかどうかということより、「今おたくのお子さんはこういった時期にあるんですよ。」ということを親にアナウンスメントして安心させる意図があったのかもしれない。

その先生は、よくこういう授業の風景を親に知らせていたせいか、保護者から絶大な信頼があったようである。

(3)

今、上で述べたことは小学校低学年のことであるが、小6から中1にかけても同様なことがいえるのかもしれない。

例年見ていると、中1において具体的な数字と一般的な文字の概念がはっきりと峻別できていない場合があり、その結果、文字を使うメリットが理解できていない生徒もいるようである。

(4)

わたしの小学校時代の教科書を偶然見つけたけたことから、こんなことがふと、思い浮かんだのである。

つまり、算数・数学にとって理解の段階は多少個人差があることは、どうやら本当らしい。

これを踏まえた上での指導がとても大切であるということが自分の小学校時代を含めて改めて反省した次第である。

 

よってある程度丁寧に、十分時間をかけて指導していかないと、定着していかないケースも当然考えられるのである。

しかし、そうした指導をしていくうちに時間とともにだんだんに分かってくるようになる。

この点は、ある意味では、小学校低学年の場合と似ているのである。