★【中学数学】〈教科書の「不等式」の取り上げ方・昔と今〉

★【中学数学】〈教科書の「不等式」の取り上げ方・昔と今〉

中学校における不等号・および不等式の取り扱いは「関数の変域」・「2次方程式の解の吟味の際の補助的な記述の助け」としてかなり重要な位置づけを占めると思われるが、その一方で、生徒にとって、理解しにくい一面もあるようだ。

そこで、この不等式が教科書では昔と今とでは、どのような扱いになっているかという点を比較してみる。

ここにおいて数学の教科書の歴史的変遷を垣間見られるとともに不等式の指導の重きの置き方・観点もおのずと違っているという点が明らかになると考えるからである。

比較対象するものは、現在厚木市で採択されている啓林館『未来へひろがる数学1』と教育出版『改訂中学数学2教師用指導書』(残念なことに出版年については載っていない。正確なことはわからないが少なくとも20年以上前のことだと思われる。)の2冊である。

さて、前者の方の現在の教科書では、文字の式の単元の中で取り扱われている。しかも、関係を表す式の等式の次に出てくる。

「大小関係を表す式について学びましょう。」p.78

「…3aは5b+3000より大きいことになります。この関係を次のように表します。3a>5b+3000」(同ページ)

そのあと、以下のように不等式について説明している。

「このように不等号を使って,2つの数量の大小関係を表した式を不等式といいます。不等式で、不等号の左側の式を左辺、右側の式を右辺、その両方をあわせて両辺といいます。」(同ページ)

さらに、次のページで、>、<、≧、≦を説明している。

そして、「数量の関係を不等式に表す問題」と「不等式の意味を問う問題」において練習させているのである。

(※注)ちなみに昨年の教科書(学校図書『中学校数学1』)では、「不等式」は今年の教科書のように文字式の単元ではなく、方程式の単元の中で扱われているのである。(詳細については触れないが、興味のある方はp.92~95を参照されたい。)

さて、今度は、かなり昔の後者の教科書について見てみる。

当時の教科書では、中1ではなく中2の数学で取り扱ったのである。その背景として、小学校・中1において大小関係を不等号を用いて表すことなどを素地にしているのである。

本書(教師指導書)p.49で次のように記載されている。「不等式には、センテンス形の式の不等式と、解かれるべき方程式に対応する不等式がある。センテンス形の式としての不等式には、等式の性質と同じように不等式の性質がある。しかし、本章(第2章不等式※筆者による追加)で扱うのは、方程式に対応する不等式であることを明確にしておく必要がある。」

当時、私は、不等式の性質を等式の性質と比較させ、割ったり、かけたりする数がマイナスであるとき最初の不等号と逆になること口を酸っぱくして生徒に言ったのを懐かしく思い出す。

なお、教科書の章の構成を見ると現在と違ってきわめて興味深いのである。

不等式は、1.不等式とその解、2.不等式の性質、3.不等式の解き方、4.不等式の利用、5,連立不等式とその解、6.連立不等式の解き方、7.連立不等式の利用、となっている。

現在の教科書と違って不等式に充てる時間数が大幅に多い。

さらに、この不等式の学習を終えた後に連立方程式の学習をすることになる。

こういった順序の教科書の記述は不等式の学習の後、解が条件を満足させる集合であるということが生徒にとってだいぶ理解されたという前提があるからなのかもしれない。

翻って、文部科学省の『中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 数学編』p.68でもA(2)文字を用いた式の(エ)数量の関係や法則などを文字を用いた式に表すことができることを理解し、式を用いて表したり読み取ったりすること、と書いてある。先ほどの現在の教科書とほぼ同じである。(もっとも指導要領に基づいた内容に沿って教科書が作られるといっても過言ではないので当然のことである。)

以上、簡単ではあるが、2冊の教科書を中心として不等式の取り扱いを比較してみた。もっとも観点が違うということを考慮に入れると本来の比較にはならないしれないが、中学における「不等式」の数学教育の変遷が垣間見られたのではなかろうか。

ただ、最初にも述べたように、今日の「生徒たちの関数の変域の理解度」や「解が条件を満たす集合として与えられるものであるという理解」にとって、以前の教科書のように深入りせずとも、もう少し不等式に時間をかける意味はあるように私個人としては思える。

特に後者「解が条件を満たす集合としてとらえること」は、何も不等式のみならず方程式(※一次方程式・連立方程式・二次方程式を問わず)にも当てはまるものであり、広く物事をとらえる考え方の育成にも貢献するのではないか。